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「黒い雨」、納得できない放影研の主張

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追記:NHK番組の文字おこし(その1)のエントリーへ、「赤の女王とお茶を」のsivadさんからトラックバックいただいた記事は、番組で紹介された『オークリッジ・レポート』の邦訳です。その1から、その3まであります。大規模な調査をもとに「黒い雨」の実態についてまとめられた(おそらく)唯一の資料で、大変貴重です。翻訳にあたられた皆様に敬意を表するとともに、御礼申し上げます。(8/20)

 8月6日のNHKスペシャル 「黒い雨~活(い)かされなかった被爆者調査~」について、前2回にわたって文字おこしを掲載したが、この番組を観ての雑感を記しておく。

 番組中のナレーション:「多くの人が放影研の説明に納得できずにいます」の通りで、納得できる人がいたらお目に掛かりたい。それにしてもカメラの前で、堂々とあのような主張ができる放影研・大久保理事長の神経は、想像を超えている。組織を守るために、もっと言葉を選んでも良い筈だ。このままでは、放影研は「アメリカの手先」そのものではないか。そうなのかもしれない。もそもそも、放影研の存在理由とは何か。

公益財団法人 放射線影響研究所 定款」の「第2章 目的及び事業」には次のように記されている。

目的)
第3条 この法人は、財団法人「放射線影響研究所」の設立に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の交換公文(1974年12月27日、東京。議事確認を含む。)に基づき、両国の政府の支援により設立及び運営が行われるものであり、平和的目的の下に、放射線の人に及ぼす医学的影響及びこれによる疾病を調査研究し、原子爆弾の被爆者(以下「被爆者」という。)の健康保持及び福祉に貢献するとともに、人類の保健の向上に寄与することを目的とする。
(事業)
第4条 この法人は、前条の目的を達成するため、次の事業を行う。
(1) 被爆者の寿命に関する調査研究、被爆者の健康に関する調査研究、被爆者に関する病理学的調査研究、その他放射線の人に及ぼす影響及びこれによる疾病に関する調査研究を総合的に行う研究所を広島市及び長崎市に設置し、運営すること
(2) 大学、大学附置の研究所又はその他の研究機関と共同して放射線の人に及ぼす影響及びこれによる疾病に関する調査研究を行うこと
(3) 放射線の人に及ぼす影響及びこれによる疾病に関する調査研究の成果の管理、報告及び公表並びに研修を行うこと
(4) 被爆者の健康診断を行うこと
(5) その他この法人の目的を達成するために必要な事業を行うこと

 なるほど放影研は、「被爆者」と認められている人について研究する機関なのだ。一定以上の被曝線量を浴びたことが<科学的に>確からしいことをもって「被爆者」と認められた人の追跡調査から、放射線の人に及ぼす影響について研究をおこない、「被爆者」と認められた人の健康保持及び福祉に貢献し、もって人類の保健の向上に寄与する。

 従って、せいぜいが10~30 mSvといった「取るに足らない」二次被ばくなど問題にする必要がない。黒い雨を浴びたというだけでは「被爆者」とは認められないのであるから、当然、研究対象外であったという訳である。これに対して、番組中、斉藤医師は次のように述べてこの放影研の姿勢を批判している。

その、初期放射線で説明つかない、国は説明つかないから被ばくは無かったんだと言ってるんですけども、まさに説明のつかない、放射線にもとづくと思われる症状が多数、被爆者の中には認められていたんですね。その被害が無かったのかどうかは、その調査を突き詰めていくことによって、結果として出てくることであって、その調査を突き詰めないで、被害が無かったというのは、あの、なんて言うか、科学の常道ではない訳なんですね。

 私もその通りと思う。ABCC-放影研の研究を基礎に、現在の放射線防護指針が作成されてきたのだが、その研究姿勢が、そもそも「科学の常道」から逸脱しているのである。

 中国新聞の昨年12月の取材で、大量なデータの存在がなぜ分からなかったのかとの質問に、放影研は次のように回答している。

 最近までコンピューター入力されていなかった。当時を推測するしかないが、放影研の研究方針である直接被ばく(ひばく)の放射線のリスクに関連した項目を優先して入力した可能性がある。 

 被ばく線量の評価をより精緻に行うため、調査項目はいまもデータ入力を続けている。その過程で「雨に関する情報もデータ入力しては」という指摘が内部であり、2007年から始めた。この作業を通して分かった。 

 ―放影研がデータを隠してきたとの指摘があります。 
 まとまったデータの存在が浮かび上がったのが最近であり、マスコミの取材の場でも何度か話している。例えば、昨年3月の専門評議員会後の記者会見で「質問票に『黒い雨を経験したかどうか』というデータがあるのでもう一度点検する」ときちんと説明した。 

 それに、長崎の研究所では毎年の施設公開で黒い雨の項目を含んだ当時の寿命調査の質問票を展示している。 

 ―黒い雨の健康影響を示唆する72年の放影研職員による報告書も明らかになりました。 
 執筆者は研究員ではなく事務職員で、米国の研究所に長期出張した際、被ばくの影響に関する別の調査を基に書かれた。放影研の正式な学術報告書ではなく、存在を把握していなかった。隠すようなものではない。 

 苦しい言い訳である。黒い雨の大規模な調査がなされて半世紀以上、放影研に改組されて37年もの間、この貴重なデータを眠らせたまま、人々の役に立つように利用することをしなかった不作為。

 このブログにおいても繰り返し指摘してきたように、黒い雨などの残留放射能による被曝線量の見積もりについては、実測データに基づく理論的な推定値と疫学的な調査に基づく推定値との間に大きな乖離のあることが長年問題視されてきた。それらの被ばく者に顕れたいろいろな急性症状は、理論的・観測的に推定された被曝線量からすると、従来の知見からはとても予想できない深刻なものだったのである。

 このギャップを説明するものとして、次の三つの考え方があり得る。

1)残留放射能は、推定されているより実際にはずっと高いものであった。
2)従来の低線量被曝のリスク評価は著しく過小に見積もられていて、被曝の態様によっては数十mSvの被曝でも急性症状が現れる。
3)急性症状があらわれたという被ばく者の証言は噓である。

 放影研の大久保理事長は、黒い雨調査のデータを解析せずに放置してきた理由を問われて、次のように語っている。

 集団としてみた場合には、黒い雨の影響はそんなに大きなものではなかったと思います。影響ないとは言ってませんよ。影響はもちろん放射線の被ばくの原因になっているというのは間違いない事実だと思いますけれども。それは相対的に、直接被ばくの被ばく線量と比べて、それを凌駕する、あるいは全体的に結論を変えなければいけないよいうな量であったかという質問とすれば、それはそんなに大きなものではなかったと・・

 大久保氏も、長年にわたる「原爆症認定集団訴訟」などを通して、多数の黒い雨被ばく者が複数の深刻な急性症状を訴え続けてきたことを知っている筈であるが、にもかかわらず「黒い雨の影響はそんなに大きなものではなかった」とは、被ばく者が噓をついていると言っている、そう捉えられても仕方がない言い方である。当然のことだが、ただでさえ被ばく者への差別も露骨になされていた1950年代、敢えて黒い雨に遭って被曝症状が現れたと噓をつく者など居る筈がない。

 ともかくも、前掲の可能性の内、1)と2)のどちらが正しいのかが問題となる訳であるが、この点について、最近の研究の現状はどうなっているだろうか。「広島“黒い雨”放射能研究会」の研究報告を読むと、黒い雨による放射能量や被曝線量の推定は難航を極めている。

 原爆投下直後の測定は、定量性に問題のあるものがほとんどであるが、広島については米軍マンハッタン計画調査団による45年10月3~7日に実施された調査の結果がやや詳しい。それによると、爆心地から西へ3.7 km付近の己斐・高須地区に30 uR/h(= 0.3 uGy/h)程度のフォールアウトスポットが認められているが、己斐峠を越えた「豪雨地区」のデータはないという。

 その後、特に1970年代以降、半減期30年のCs-137に注目した多くの研究があるが、いずれも、核実験によるグローバルフォールアウトのノイズにかき消される程の量しか検出されていない。そのため「研究会」では、グローバルフォールアウトが混入していない試料として、黒い雨の豪雨地帯に戦後の数年以内に建てられた民家の床下土壌に着目して測定・研究を続けてきた。その結果、平均1kBq/m2という値が得られており、核分裂片の収率と化学分別係数から、半減期補正をおこなった全放射性核種による積算被曝線量は、例えば10日間で30 mGyと見積もられた。原爆の放射能は半減期の短いものが圧倒的に多いので、長期間その場所に留まったとしても50 mGyを超えない程度と見積もられている。

 NHKの番組では黒い雨による被曝線量について「原爆投下の一ヶ月あまり後の測定などから、被ばく線量は、高いところでも10~30 mSvと推測されています」としているが、いずれにしてもこの程度の被曝線量では急性症状は出ないというのが従来の定説である。

 問題は、この「定説」が、黒い雨を無視した、「科学の常道」から逸脱した研究によって構築されていることにある。前掲2)の、従来の低線量被曝のリスクは著しく過小に見積もられているとの考え方も、無下には否定できないのである。肥田舜太郎氏などは、そう考えているのであろう。ただし、多くの専門家は、9月17日の枕崎台風による豪雨によって、大部分の残留放射能は洗い流されてしまったのではないかと考えているようだ。この点、気になるtweetを目にした。

ちなみに午前中は放影研のオープンハウスへ。さすがに今年はフォールアウトや低線量被曝の説明がかなり充実していた。黒い雨については西山地区は0.2-0.4Svと推測されると書いてあったよ

 0.2-0.4 Svというのは急性症状が出てもおかしくない値である。黒い雨についての膨大なデータの存在が明るみに出て、被ばく者自身の請求によってそのデータの一旦が明かされるということになり、放影研としてもさすがにこれを放置し続ける訳にはいかなくなったのだろう。従来の「定説」を変えない以上、前掲1)の立場に立たざるを得ない。

 ABCCー放影研による従来の残留放射能の推定値と、被ばく者の証言にみられる急性症状とのギャップを実感し、最も深刻な問題と捉えていたのは、本田氏、斉藤氏、肥田舜太郎のような、長年被ばく者の診療にあたってきた現場の医師達であろう。彼らにしてみれば、さらにまた被ばく者自身にしてみれば、低線量被曝のリスク評価がどうあろうと、放射線被曝特有の急性症状が現れたのは事実なのだから、それを原爆症として認め、国家補償の対象にすべきと考えるのは当然のことと思う。

 科学的な解明が不完全であることを理由に、現にある謂われのない不幸への対策が先延ばしにされ、当の被ばく者は寿命を迎えている。水俣病と同じ構図である。


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