Quantcast
Channel: さつきのブログ「科学と認識」
Viewing all articles
Browse latest Browse all 128

有るものを無いって言ったら科学の否定だよね、という話

$
0
0
 前回の記事で触れた togetter:なぜ「無関係」と言い切るのか。(8/26)のコメント欄がどんどん伸びて、関連するまとめも次々とつくられている。

「uchida_kawasaki」さんのまとめ:
牧野さんの呟きを中心にまとめられたもので、ともに冒頭に引用したまとめにも収録されている。

「kazooooya」さんのまとめ:
 コメント欄における多数派の意見(この「キリッ!」の使い方は自虐的?)。

「hindu_kush420」さんのまとめ:
 「相関が弱いことを普通は「相関が弱い」と言う気がするけど、たぶん「普通」の意味がポイントなのかも。」by Geophysics

「emanon_uk」さんのまとめ:
 私の前回の記事で触れた農地の汚染に対する保障問題への悪影響を心配する法律家の意見

 このように議論が長引くのは、少なくともどちらか一方が、相手が何を言いたいのか理解できずにいるからなのだろう。それは、前回の記事で書いたように、科学とは何か、あるいはその境界みたいなものについての理解が違うからなのであって、その溝を埋めることはむずかしい。冒頭のまとめのコメント欄においては早野さんを支持する意見が多数のようであるが、それを目立つように赤色の太字にして(晒して)いるのは、Geophysics さんの「いじわる」なのだろうか。

 一般論として言えば、天然現象から抽出されたデータ数が有限である以上、全く無関係と思われるようなパラメーターの組み合わせであっても、それらの相関係数がゼロになることはない。だから、相関係数がゼロでないことをもって相関があるとは言えない。一方、有限個のデーターの偶然の偏りから生じる相関係数の取り得る最大値を超えていると判定されるなら、「偶然ではかたづけられない相関がある」という結論になる。科学者であろうとするなら、その「事実」を大切にすべきである。全く無関係と思われるパラメーターの間に相関があるということになれば、そこから未知の現象についての新しい発見がもたらされると期待されるからだ。

 この議論の場合逆に、期待されるよりも弱い相関しかなかったことと、その理由が(割と)はっきりしているとの観測があって問題をややこしくしている。早野さんの言いたかったことは、土壌と玄米中の放射性セシウム量の間に期待されるより弱い相関しか現れなかったのはカリウムの施肥量がセシウムの移行係数をコントロールしているからで、この知見は稲作農家にとって朗報である、といったところだろう。しかし早野さんは、「期待されるより弱い相関」と言うべきところを「無関係」と言ってしまったのである。問題の焦点は、この「言い換え」の当否にあると理解して良いと思う。
 
 早野さんを支持する意見のほとんどは、本来、「期待されるより弱い相関」と言うべきところを、単に「弱い相関」と言ってしまっているのだが、単なる「強い」「弱い」は主観の紛れ込み易い言葉なので、この場合には使わない方が良いと思う。科学論文では「○○は重要である」と書くと査読ではねられることもある。それにも増して、「無関係」と言ってしまうのは、科学の立場から逸脱していることは明らかだ。

 要するに、こういうこと
これはひどい。実際に自然の中で何かを分析したことがある人ならば、仮に他の要因の寄与率が高かったとしても、メカニズムの面からから考えても統計から見ても相関があるなら相関があると述べ、認識し、その上でセシウム吸収のモデルを考えなければならないのに、無いと述べても構わないと科学者が言うとは、あまりの事に呆気にとられる。

 前回も書いたように、科学者としてではなく一人の市民として科学から逸脱した発言をすることは必ずしも悪いことでも恥ずべきことでもない。だから、「それは科学から逸脱しているよ」という指摘に対しては、自ずと返答の仕方は決まってくる筈なのだが、そうはなっていないので議論は収束しない。

 で、相関を認めた先に何があるかというと、たとえばこういうこと
で、分布図を両対数軸にしてみたり片対数にしてみたりして、線形相関を見つけ出したらこっちのもんなのよ。
多変数に対して薄ぼんやりでも線形相関してるな~と言う状態に持って行けたら、主成分分析とか重回帰分析とか便利な手法が使える。
それをある「相関があるはず」要因を無視しちまえとか、

 具体的に説明しよう。まず、この問題の発端となった福島県と農水省の報告書(以下、「農水省の報告書」)は本年1月に公表されたものだが、農作物へのセシウムの移行係数の研究は、既にチェルノブイリの前からなされており、たとえば、津村ほか(1984)は、カリウムを施肥すると、作物への放射性セシウムの移行係数が(見かけ上)小さくなることを明らかにしている。また、Tsukada et al. (2002) も、土壌中のK濃度が高いほどCs-137の作物への移行が少ない傾向にあることを明らかにしている。

 さらに、土壌中の粘土鉱物は、セシウムを吸着して植物への移行を低減させる効果のあることも突き止められていた。これは、高レベル放射性廃棄物の地層処分のために続けられていた研究の応用であるが、東電原発事故の後は、農地の除染にも応用されようとしている。たとえば、、京都府立大の中尾淳さんによるプレゼン用資料「セシウムの土壌科学」(2012年3月14日)が分かりやすい。

 原発事故がおこって、この問題に関心を寄せた者の多くは、そのメカニズムの概要が既に明らかにされていたことを、2011年のうちには認識していたであろう。農水省の報告書は、こうした先行研究を受けて、いろいろな濃度でカリを施肥した大規模な試験栽培をおこなった結果をまとめたもので、基本的には先行研究の成果を追試する内容となっている。したがって、農水省の報告書にある、カリウムの施肥によって放射性セシウムの玄米への移行が抑制されたという結果などは予め予想されていたことであり、そのこと自体には何らの新鮮味もない。

 それでも、カリウムの施肥によって玄米中の放射性セシウム量が抑制されるということが福島の土壌環境で再現されたことには大きな意義があるのだから、これを朗報と喜ぶことは当然の感情であろう。だからこそ、そのことを、土壌中のセシウム量と玄米中のセシウム量が無関係であったと表現することには大きな違和感を抱くのである。なぜなら、福島県と農水省の試験研究が目指したものは、先行研究の追試の先にもあったみるべきであり、そうであるなら、本当に無関係なのかどうかは、極めて重要な意味を内包しているかもしれないからだ。

 これまで続けられてきた研究の成果を概観すると、農作物への放射性セシウムの移行係数をコントロールする因子としては、主なものだけでも以下のようなものをあげることができるだろう。

1)土壌中のカリウム濃度:カリウムは生体必須元素であるが、多すぎると害があるらしく、生体中で一定の濃度にコントロールされている。そのため、カリウム不足の土壌ではカリウムの移行係数を上げるように生体調節され、このとき同族元素のセシウムの移行係数も大きくなる。これを防ぐためにはカリウムの施肥が有効であるが、ある濃度で飽和することも知られている。

2)カリウムの化学種・化学形態:土壌中のカリウムが間隙水に溶けた状態、あるいは易溶性の塩化物のような形態であれば吸収されやすいが、土壌中のケイ酸塩鉱物中に配位されている場合には吸収され難いので、土壌中の濃度が同じでも易溶性/難溶性の比によって結果は異なってくる。

3)放射性セシウムの化学種・化学形態:放射能プルームから直接降下したセシウムはもともと単体として存在していたものが水和物などの化学種となって存在していて吸収され易いが、時間が経って粘土鉱物中に内圏錯体として取り込まれていたり、そうしたものが周辺地域から流入して来ている場合には吸収され難い。

4)土壌中のセシウムの安定同位体(Cs-133)の濃度:普通の土壌には非放射性のセシウムが数十ppm程度含まれているが、セシウム移行係数が大きい条件でも(Cs-137+Cs-134)/Cs-133比が小さければ、実際に吸収されるセシウムの大部分は非放射性ということになる。

5)土壌中のセシウムの安定同位体(Cs-133)の化学種・化学形態:上記4)において、有効に作用するCs-133の量を決める。

6)ゼオライトや雲母・粘土鉱物の土壌中の濃度:これらはセシウムの吸着剤として知られているが、鉱物種によって、その吸着メカニズムや吸着後の挙動が異なるので、個々に独立変数として扱うべき。なお、農水省の報告書にはそれらの吸着メカニズムを説明する図があるが、これは先に引用した中尾敦さんのプレゼン用資料にある理解の方がより合理的かつ精緻である。

 以上のようなパラメータを変化させたときに、土壌中のセシウム量と玄米中のセシウム量の関係はどうなるのかをさぐることで、移行係数をより効果的にコントロールする技術を確立しようとする研究にとっては、当然、両者の相関係数は最も注目すべき指標になるだろう。だから、「無関係」と切って捨てるような発言は、科学者のものとは認められないのである。

 有るものを無いって言ったら科学の否定だよね、という単純な話を、こうも長々と書き連ねないと説明できない自分が悲しい。

 ついでに書いておくと、植物を利用した除染、例えば、愛媛大学の榊原正幸さん等によるマツバイを用いた水田の放射性セシウム除去の試み は、農地除染の有力な手法になると期待されているが、粘土鉱物の存在はその妨害要素となる。特に、もともとカリウムを含むようなイライトやバーミキュライトだと、セシウムを内圏錯体として取り込んでしまい、その鉱物自体を取り除かない限り除染は不可能で、物理的半減期を待つ他なくなるので、悩みどころである。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 128

Trending Articles