Quantcast
Channel: さつきのブログ「科学と認識」
Viewing all articles
Browse latest Browse all 128

Sr-90とY-90についてメモ(その2)

$
0
0
3.β線と物質の相互作用によるX線放射
 β線のような高エネルギー電子は物質に作用してX線を放射するので、これによる被ばくが心配されている。このとき放射されるX線には、元素固有のエネルギーを持つ特性X線(群)と連続スペクトルからなる連続X線がある。

 特性X線は、高エネルギーの電磁波や高速運動をする電子が原子の軌道電子をはじき飛ばして、空席となった軌道へ外殻電子が落ち込んでくる(軌道遷移)ときに放射されるもの。そのエネルギーは元素と遷移軌道によって決まっているので、固有X線とも呼ばれる。連続X線は、高速運動をする電子が電場や磁場によって曲げられるときに放射される制動放射によるもので、制動放射X線とも呼ばれる。β線の電子が原子核に衝突したり、原子核の近傍を通過するときクーロン力によって急激に曲げられたりすることで制動放射がおこる。

 医療レントゲンやX線分析装置などに用いられるX線発生管球では、対陰極金属に数十~数百 KeVの電子線を当てて、特性X線と連続X線の両方を取り出している。X線管球の対陰極でおこる現象については詳しくわかっており、β線が物質に作用したときのアナロジーとして参考になる。例えば、電子線が物質に照射されたとき、そのエネルギーがX線の発生に使われる割合は次の近似式によって与えられる。

 ε ≒ 0.11 × ZV  ・・・・・ (3)

 ここで、εはX線発生のエネルギー効率(%)、Zは物質を構成する元素の平均原子番号、Vは電子のエネルギーをMeVの単位で表したもので、最大2MeV 程度まで適用可。

 水の平均原子番号は3.3と小さく、大気で7、人体で6、岩石・土壌は12程度である。これを元にX線発生のエネルギー効率(%)を計算すると、以下のようになる。

β線のエネルギー  水   大気   人体   アルミ   鉄    岩石
 0.2 MeV   0.073%  0.16%  0.13%  0.29%  0.57%  0.26%
 0.5 MeV   0.18%    0.40%  0.32%  0.72%  1.43%  0.65%
 1.0 MeV   0.36%    0.79%  0.64%  1.43%  2.86%  1.30%
 2.0 MeV   0.73%    1.58%  1.28%  2.86%  5.72%  2.60%

 特性X線と連続X線の比率や、スペクトルなど、詳しい理論が定式化されているが省略する。ここで問題としている条件においては、発生したX線のうち、特性X線の占める割合は無視できるほど小さく、大部分は連続X線となる。連続X線の光量子の最大エネルギーは、入射したβ線のエネルギーにほぼ等しい。しかし、一定エネルギーのβ線が入射したときに発生する連続X線の強度(X線光量子の発生頻度)は、β線のエネルギーの2/3ほどのところにピークがあり、これより低エネルギー側へ次第に強度を減じた幅広い分布となる。このため、X線光量子全体の平均エネルギーはβ線のエネルギーに比べてかなり低いものとなる。

 以上のことから、汚染水が鉄板の表面に付着して乾燥した状態のものが最も効率的にX線を放射することがわかる。一方、汚染水から直接放射されるX線は、β線に比べて無視してよい割合である。

 β線のエネルギーのうちX線の放射に使われる他は、原子をイオン化し、化学結合を切断して化学エネルギーに変換され、大部分は熱になる。β線熱傷はこの熱による火傷と誤解され易いが、熱エネルギーを計算すると微々たるものであることがわかる。β線熱傷の病態は、通常の火傷とは異なり、β線の電離作用によって生体分子が直接破壊されて内部から壊死が広がった状態のことらしい。
 
4.Sr-90の測定
  Sr-90とY-90は、直接にはβ線しか放射しないために定性も定量も大変困難である。β線は、0~最大エネルギーまでの幅の広いなだらかな山形のエネルギースペクトルをもつので、試料中にCs-137を含むいろいろなβ崩壊核種が混在しているとき、それらのβ線が広いエネルギー領域で重なり合ってスペクトル分離が困難である。そのために、多くの手法では、前処理としてSrやYを化学分離した上で測定するということが行われている。他に、チェレンコフ光や制動放射X線を測定するもの、質量分析計を用いるものなどがある。以下、β線をカウントする手法と質量分析計を用いる手法についてメモ。

A. β線をカウントする手法

 A-1:検出限界が低く高精度だが、4週間以上の時間がかかる手法
 日本分析センターの「ストロンチウム90の分析に略記されている手続きは、

1)試料中からイオン交換法、シュウ酸塩法等によりSrを分離・精製。
2)3週間以上放置して、Y-90が永続平衡に達するのを待つ。
3)Y-90を分離してそのβ線をカウントし、Sr-90に換算。

 最初からY を分離して測定しないのは、初期 Y-90 や Y-91 が残っているケース、前処理時にY-90 の永続平衡が達成されていないケースなどに対応できるよう、汎用性を持たせたためと考えられる。この方法だと分析に最低でも4週間を要する。検出限界は、元試料の量と計測時間に依存し、日本分析センターの「分析目標レベル」は、水試料100 Lを用いて1時間計測した場合で 0.4 mBq/L とされている。

 Sherrod et al. (2013) は、高マトリクスである海水の10 Lもの試料から迅速にSrを分離する手法を開発し、Sr-89 と Sr-90 を定量している。この場合、分離直後にSr-89とSr-90の合計のβ線を測定し、Y-90の回復後、これを定量してSr-89とSr-90を分けている。β線の計測にはガスフロー比例計数管(注1)を用い、8時間のカウントで、  1 mBq/L の検出限界を達成している。 

 A-2:検出限界が低く、4,5日程度で分析可能だが、定量の確度がやや劣る手法
 β線のカウントにエネルギー分解能の良い液体シンチレーションカウンターを用いて、試料からのβ線の正確なエネルギープロファイルを描き、標準試料のエネルギープロファイルと比較フィッティングすることで波形分離し、Srの定量を行う。この場合も前処理でSrを分離するが、Y-90が回復する前にSrのβ線をカウントする。Sr-90に特化したもの(Lee et al., 2002(pdf))や、Sr-89を含めるもの(中野ほか,2010)などがある。

B.質量分析計を用いる手法

 質量分析計を用いると核種毎の質量の違いを識別して測定できる。質量分析には測定が迅速なICP-MSが用いられる。知人の話によると、既にチェルノブイリ事故後からCs-134, Cs-137の分析に威力を発揮してきたという。この場合、同重体の干渉が問題となるので、リアクションセルを用いて干渉元素を除去した後で質量分析計へ導入する。高温のリアクションセル内へ酸素やNOガスを供給すると、元素毎の酸化反応のエンタルピーの違いによって、特定の元素だけが酸化して取り除ける。

 最近、emanon_uk さんによってまとめられたtogetter「ストロンチウムの迅速分析法は質量分析」に、みーゆ‏@miakizaさんが、福島大学などが共同開発したSr-90の迅速分析法を紹介されているのを知った。そのプレス発表資料「放射性物質ストロンチウム90の迅速分析法の開発」(pdf)を読むと、以下の手順になっているようだ。

1)マイクロウエーブ加熱によって浮游塵などを酸分解し、試料溶液とする。
2)試料溶液10 mlを導入し、Srに特化した樹脂を用いてSrをカラム分離・濃縮する。
3)超音波ネブライザーでArプラズマトーチへ噴霧し、イオンガス化する。
4)試料ガスをリアクションセルへ導入し、酸素ガスを加えて、混入しているYやZrを酸化させ、質量分別して除く。
5)四重極マスフィルターへ導入してSr-90のイオン数をカウントし、Sr-88で作成された検量線に当てはめて定量する

 上記2)~5)が完全自動化されているのが特徴で、プレス発表資料には「測定に必要な装置稼働時間は約15分であり,土壌試料などの固体試料の分解操作を含めたすべての作業工程を含めても8検体で3時間(=1検体当たり約20分)である。10mLの試料導入時における検出下限値(S/N=3)は,土壌濃度で約5 Bq/kg (重量濃度換算:0.9 pg/kg),溶液濃度で約3 Bq/L(0.5 ppq)であった。迅速性で,現状のスクリーニング法としての利用が期待できる。」と記されている。

 なお、Srをカラム分離した試料でZrの干渉が問題となるのは、天然試料中に安定同位体であるZr-90がppmオーダーで含まれ、Sr-90の濃度に比べて4,5桁以上も高濃度となっているからである。ただし、Y-90 は、永続平衡に達しているとき Sr-90 の 4000分の1の原子数しかないので、その混入は問題にならない。両者の放射能(Bq)は等しくなっているのでβ線をカウントする際には問題になるが、原子数をカウントする場合には無視してよい。

 ところで、放射性元素の分析に際しては、常に、作業者の被ばくが問題となる。この点、上記プレス発表資料には、「本法は,非密封放射性物質としての管理が必要な放射性ストロンチム標準溶液を使用することなく分析できるため,緊急時において一般の環境分析機関でも測定することが可能である。また,全自動で分析するため,試料分解液を注入後,化学処理で測定者が被ばくすることがないなどの特徴を有する。」と書かれている。

 しかし、Sr-89やSr-90などの天然には存在しない放射性元素で一定量以上の試料は、たとえそれが標準試薬ではなくとも、原子力基本法関連の政令によって厳格な管理が義務づけられている筈のものである。高濃度汚染水のような試料は、本来、RI施設でなければ持ち込んではならない筈だ。政府によって事故は終息した(非常時は終わった)と宣言されているのである以上、「一般の環境分析機関でも測定することが可能」などと言ってはいけないのではないかと思う。

------------------------------------------------------
注1)ガスフロー計数管の原理については次のページの付録試料に詳しい。



Viewing all articles
Browse latest Browse all 128

Trending Articles