福島第一原発の放射能汚染水の対策に関連して、Sr-90とY-90のことが度々話題になるので、備忘録としてメモ。関連する核種の基本情報を脚注1に示した。
1.Sr-90 → Y-90の過渡平衡、永続平衡
図1は、JAEAの核種チャート「WWW Chart of the Nuclides 2010」から関連部分を抜き出したもの。
図1 Sr-90付近の核種チャート(詳細は脚注2参照)
Sr-90は半減期29年ほどでβ崩壊して半減期2.7日のY-90 となり、さらにβ崩壊して安定なZr-90 になる。U-235の熱中性子捕獲による核分裂収率(Cumulative)は、Sr-90とY-90でともに6%程度であり、核分裂停止直後の燃料中では単位質量あたりのSr-90とY-90の原子数はほぼ等しくなっている。この時、Y-90の半減期はSr-90の半減期のおよそ4000分の1なので、逆にY-90の放射能(Bq)はSr-90 の4000倍ほどになっている。その後、Y-90は急速に減少するが、Sr-90 から変わったY-90* が加わって、およそ1.5ヶ月ほど経過した以降は両者の放射能が等しい状態を維持しながら、Sr-90 の半減期に従ってゆっくりと減少していく。この様子を図2に示す。
図2 核分裂停止直後からのSr-90 とY-90の放射能(Bq)の変化。詳細は脚注3参照
このグラフの横軸は核分裂停止直後を起点とした日数で、目盛りは一週間区切りになっている。また、縦軸は放射能(Bq)を対数目盛りにしてあり、初期値は Sr-90 が10万Bq、Y-90が3億9,400万Bqとしている。
核分裂停止後しばらくしてメルトダウン事故がおきて、溶解度の高い Sr-90 が分離されて冷却水や地下水に溶け出し、汚染水になったとする。汚染水の中で、一旦0BqにリセットされたY-90*は、Sr-90 の崩壊によって再び増加する。この増加傾向はY-90*自身の崩壊で次第に頭打ち状態となり、1週間後の Y-90* の放射能は Sr-90 の83.8%、2週間後は97.4%、3週間後は99.6%と、両者の放射能が等しい状態(永続平衡)へ近づいていく。この様子は図2の左下部分に表現されている。
単純な系であれば、このことを利用してSrが単離された以降の経過時間を知ることができる。混合や分離が不完全な複雑な系の場合は、同位体年代(放射年代)測定で用いられるアイソクロン法によって検討することができる。ただし、タンクに収められて3週間以上経過した汚染水は、既に完全に永続平衡に達して、Sr-90 とY-90 の放射能は等しくなっている筈である。
2.Sr-90とY-90のβ線による被ばく
両核種は直接にはβ線だけを放射するので、外部被ばくにおいては、β線のエネルギーと飛程が問題となる。β線の飛程の計算ツールを利用して求めた飛程を下記に示す。
Sr-90 最大 平均 Y-90 最大 平均
エネルギー 0.546 MeV 0.196 MeV 2.28 MeV 0.934 MeV
大気中の程度 147 cm 36 cm 915 cm 310 cm
水中の飛程 0.18 cm 0.043 cm 1.1 cm 0.37 cm
ほとんどの汚染水でSr-90 とY-90 が永続平衡に達しているという状況下で、気にとめておくべきことは以下のようなことかと思う。
1)エネルギーも飛程もSr-90に比べてY-90 の方が6~8倍大きいので、外部被ばくにおいては圧倒的にY-90の問題が大きい。
2)Y-90の最大エネルギーのβ線の大気中での飛程はおよそ9mである。
3)汚染水の表面から1cm 以上深いところからはβ線は出てこられない。Sr-90からのβ線は2mmが限度。
4)汚染水の体積が同じでも、数 mm 以下の層厚で地面などを広範囲に濡らしている状況では、β線が効果的に放射される。
5)汚染水が地面などへ漏出して乾いた後、β線は、Sr-90からのものも含めて最も効果的に放射される。
内部被ばくにおいては、YよりSr の方が危険視されている。SrはCa と同族のアルカリ土類金属で、Caと混同されて骨組織に積極的に取り込まれ、長期間滞留し、骨髄などの被ばくで白血病のリスクが高くなるとされている。
(その2へつづく)
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注1)
Sr-90:質量 89.9077、半減期 28.79 年でβ崩壊してY-90へ
β線のエネルギーは最大 0.546 MeV、平均 0.196 MeV
γ線の放射はない
SrはCaと同族のアルカリ土類元素で、融点 777 °C、沸点 1382 °C
天然のSrは、日本列島の地殻(富樫ほか,2001)中に平均 225 ppm含まれている。
天然のSrの同位体組成は、Sr-84: 0.56%、Sr-86: 9.86%、Sr-87: 7%、Sr-88: 82.58%
(Sr-87はRb-87のβ崩壊起源)
Y-90:質量数 89.9071、半減期 2.667 日でβ崩壊して安定なZr-90へ
β線のエネルギーは最大 2.28 MeV、平均 0.934 MeV
γ線の放射はほぼ無視できる。
Yは希土類元素で、融点 1526 °C、沸点 3336 °C
天然のYは、日本列島の地殻中に平均 26 ppm 含まれている。
天然のYの同位体は、Y-89のみ
Zr-90:質量数 89.9047の安定核種
Zrは代表的なHFS元素で、融点 1855 °C、沸点 4409 °C
天然のZrは、日本列島の地殻中に平均 135 ppm 含まれている。
天然のZrの同位体は、Zr-90: 51.45%、Zr-91: 11.22%、Zr-92: 17.15%、Zr-94: 17.38%、Zr-96: 2.8%
熱中性子捕獲による核分裂収率(Cumulative)は、上記いずれの核種もU-235で 5.8%、Pu-239で 2.1%と同じ
注2) この表は、縦軸が原子番号、横軸が質量数になった直交座標系の面上に個々の核種を配置したものの一部である。ここに示した範囲は、U-235の熱中性子捕獲による核分裂収率曲線のバイモーダルな二つのピークの低質量側の左肩辺りで、ピークの中心は右側にやや外れた位置にある。各カラムは次のように色分けされている。
青色のカラムは半減期が5億年以上~安定な同位体で、各カラムの核種名の下の数値は同位体組成(%)を表す。その他の色のものは放射性核種で、半減期毎に、緑は30日~5億年、赤は10分~30日、黄色は10分未満と分けられていて、核種名の下には半減期が示してある。
原発の事故で問題となる放射性核種は、緑と赤で示したものの内、半減期が数日~数万年程度のものである。ただし、ほとんどの核種がβ崩壊して、右下から左上のカラムへと転換しながら、青色の安定な核種へたどり着くという壊変経路を辿るので、右下隣に青色のカラムのある核種はそこがバリアーとなって存在度が極端に少なく、問題になることはない。結局、ここに示した範囲で被ばくが問題となるのは、Kr-85, Sr-89, Sr-90, Y-91, Zr-95, Nb-95ということになる。Zr-93は、半減期が153万年と長いので放射能は少ないが、使用済み核燃料の最終処分において問題となる。
注3)Y-90 のような放射起源の放射性元素(中間娘核種)の量的挙動は次式で表現される。
N2={λ1/(λ2-λ1)}・N10{e^(-λ1・t ) - e^(-λ2・t )} + N20・e^(-λ2・t ) ---- (1)
N2*={λ1/(λ2-λ1)}・N10{e^(-λ1・t ) - e^(-λ2・t )} ------------------- (2)
λ1は親核種の壊変常数、λ2は中間娘核種の壊変常数、t は時間。
N10:親核種(ここではSr-90)の原子数の初期値。
N20:中間娘核種(ここではY-90)の原子数の初期値。
N2:時間 t 後の中間娘核種の原子数で、図2の青色の曲線は式1によって算出されたY-90の原子数をBq に変換したもの。
N2*:式1において N20=0としたときの時間 t 後の中間娘核種の原子数。図2のY-90*は、式2によって得られたY-90*の原子数をBqに変換したもの。