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姶良カルデラ噴火について、メモ(その1:層序)

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 はじめに
 桜島の噴火警戒レベルが3から4に引き上げられたことを受けて、周辺自治体や川内原発への噴火の影響を心配する声があげられている。最近はさしせまった大規模噴火の兆候はおさまったようで、昨日(8月22日)になって避難勧告は解除されたが、これをどう評価すべきか、私にはわからない。

 さて、将来のこととして心配されているのは、カルデラ巨大噴火だ。火山地質学の専門家の講演を聞いたことがあるが、29,000年ほど前(注1)におこった姶良カルデラの噴火(姶良火砕噴火)では、その後九州全土から旧石器が全く出土しなくなる期間のあることが認められているという。つまり当時の「九州人」は絶滅したらしい。こうした巨大噴火の前兆はどのように捉えられるであろうか。火山噴火の様式や推移には火山毎に個性があるとされているが、ここでは、特に姶良火砕噴火の研究を中心にメモしておく。

 カルデラ巨大噴火の前兆現象に正面から取り組んだ研究として文献1がある。この論文では鬼界カルデラと姶良カルデラがとりあげられているが、記載の大半は鬼界カルデラの活動史に充てられている。その上で、様々な先駆的噴火活動や地震、津波の痕跡などがまとめられ、「表面的な火山活動が活発であればカルデラ噴火はおこらないというのは迷信」と結論されている。

 ここで「迷信」とされた説は、姶良カルデラの噴火活動史の研究から唱えられたのであるが、この論文では、姶良カルデラの記述が少ない理由を「シラス台地は広大な地域を厚く覆っているためか、先駆的現象の顕著な例は見つかっていない」と書いている。

 この点について私見を述べると、先駆的現象の顕著な例が見つかっていないのは事実であるが、姶良火砕噴火の産物であるシラスが厚く覆って基底部の露頭が少ないというのは事実に反する。実際、最初の噴出物である大隅降下軽石の下底面やその下位層は至る所で観察され、多数の記載論文がある。

 姶良火砕噴火の推移
 姶良火砕噴火によって形成された一連の火山砕屑岩類の標準層序(地層の重なり)を示すと次のようになり、(1)から(3)の順に堆積した。

 表1 姶良火砕噴火による堆積物の層序
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 (3)入戸(いと)火砕流堆積物(200 km3),姶良Tn火山灰(150 km3)


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 文献2によると、妻屋火砕流堆積物の下部ユニットは大隅降下軽石層と互層するとされているが、別々のフローユニットと認識されている火砕流堆積物と降下軽石(air fall)が互層することは、一般には考えにくい。文献3では、大隅降下軽石の噴出に伴って、噴出源近傍に垂水火砕流が発生したとされているので、この互層部は、噴出源からやや離れた地点で垂水火砕流の先端部分が到達した部分かもしれない。

 (1)大隅降下軽石(+垂水火砕流)
 大隅降下軽石は入戸火砕流噴出へ至る一連の姶良火砕噴火で確認されている最初の噴出物である。垂水火砕流と合わせるとこの時の噴火だけでVEI(火山爆発指数)が7に達する。これは広義の降下火山灰層(air fall)のうち、火山礫に分類されるサイズ(粒径2~64 mm)の流紋岩質軽石が一回のプリニー式噴火で降り積もったもの。

 文献4のFig. 1 には、その等層厚線(isopach)が描かれているが、このような図は他の多数の論文にも記載されている。これをもとにその噴出源が現在の桜島付近にあることや、噴煙が東南東方向に流されたことなどが突き止められている。層序表にリンクした写真は、噴出源からおよそ45 km離れた志布志湾北縁の露頭である。この位置で層厚が5.5 mに達している。文献4のFig. 1 の一部を図1として示しておく。

イメージ 1

    図1 文献1のFig. 1(部分). 黒塗りは現在残っている入戸火砕流堆積物、
       赤丸は層序表の「大隅降下軽石」にリンクした露頭写真の位置。

 問題は、この直前の前駆的な噴出物があるかどうかである。既に述べたように、大隅降下軽石の下底面やその下位層は至る所で観察され、それ故等層厚線図を描くことが可能になっている。にもかかわらず、その直前に降り積もったと考えて良いような火山噴出物は、どのように僅かなものであっても全く報告されていない。

 姶良火砕噴火先史については、文献5に詳しいが、大隅降下軽石の3000年前の毛梨野噴火が、直前ものとして知られている最も若い活動である。このことは、静穏な期間が長らく続いていたある日突然巨大なプリニー式噴火が起こってしまう可能性を示唆している。

(2)妻屋火砕流
 妻屋火砕流堆積物は大部分細粒な火山灰と軽石からなり、平行、または斜行した層理を示し、多量の火山豆石を伴うなど、荒巻(1969)以来、特異な火砕流堆積物として注目されてきた。その後ベースサージという概念が導入され、横殴りの暴風を伴った火砕流堆積物と解釈されるようになった。広義のベースサージには水平方向へ爆発的に噴出して形成されたもの、巨大な噴煙柱の崩壊に伴うダウンバーストに起因するものなどが報告されているが、いずれにしても風速50 mを越える暴風を伴う火砕サージは、極めて危険な噴火様式と認識されている。

 妻屋火砕流堆積物直下の大隅降下軽石層上面には、雨で流されるなどの時間間隙を示す現象が認められないので、両者は数日以内にあいついで噴出したものと考えられている。それ故、当初は、妻屋火砕流も大隅降下軽石と同じく現在の桜島付近が噴出源と考えられたが、その後の詳しい研究から、姶良カルデラ内の北東部に位置する若尊(わかみこ)カルデラ付近が噴出源と考えられるようになった(文献6)。すなわち、噴出源が数日の間に10 kmほど移動したということらしい。

(3)入戸火砕流 + 姶良Tn火山灰
 九州南部でシラスとよばれるものの大半は入戸火砕流堆積物である。これは、大部分未固結の凝灰角礫層からなり、軽石が粉砕された火山灰サイズ(径2 mm以下)の基質中に最大径1.5mに達する様々なサイズの軽石を主成分として含むため、軽石流堆積物とも呼ばれる。基底部には亀割坂角礫層と呼ばれる石質岩片の濃集した部分があり、入戸火砕流の噴出と同時に、火道周辺の岩石や基盤岩が吹き飛ばされたものと解釈されている(文献4)。

 入戸火砕流は妻屋火砕流の噴出から数ヶ月以内に噴出したとされ、当時の谷地形を埋めて、最大150 mの厚さで堆積し、九州南部を中心に遠くは四国まで達している。噴煙柱の上部が風に流されて降下堆積したものは姶良Tn火山灰と呼ばれ、さらに遠く、東北地方や朝鮮半島にまで達している。

 噴出源は妻屋火砕流と同じく若尊カルデラ付近とされており、噴出源付近では一部弱く溶結している。ただし、このように巨大な陥没カルデラの噴火ではカルデラ壁に沿った環状の割れ目から噴出することもあり、噴出源については再検討の余地もあるのではないかと思われる。
(その2へつづく)

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注1)姶良火砕噴火の発生時期についてはいろいろな年代測定結果があり、かつてはおよそ22,000年前とされ、その後25,000年前とする説や29,000年前とする説などが出されたが、いろいろな「絶対年代」測定法がある中で、1万年前~50万年前くらいの間は最も測定が難しいとされている。




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