前回(その1)では、天然の放射性核種と人工の放射性核種に化学的な違いはあるが、Svという共通の尺度で比較可能というところまで書いた。しかし、現実に存在し得る放射性物質について整理してみると、ホットパーティクルだけは、人工の放射性物質特有のものであることがわかる。しかも、これによる内部被曝においては Svという尺度が無意味なものになる可能性さえある。
天然の放射性核種からもホットパーティクルは形成され得るのではないかとの疑念も生じようかと思うので、ここではそのことを中心にまとめるが、まずは定義などについて整理しよう。
ホットパーティクルの定義など
ホットパーティクルについてATOMICAでは次のように説明している。
hot particle。高い放射能を含んだ粒子をホットパーティクルという。チェルノブイル原発事故では燃料粒子や揮発性核種が放出された結果、原子炉構造材と消火用投下物を含んだ飛散燃料粒子および凝縮した非放射性の材料を核として、表面に放射性物質の付着した凝縮粒子が地上に落下した。これらの粒子は経年的に粒子から放射性核種の溶出が増大する傾向があるため、環境汚染への影響を考慮する必要がある。
この説明は、故意ではないかと思えるほど見事にポイントを外している。もともと、hot
particleという概念は、既に1960年代には現れていたようであるが、その危険性が広く認識されたのはTamplin and Cochran(1974)の研究による。
以前にもこちらでとりあげたが、小出裕章氏による「プルトニウムという放射能とその被曝の特徴」と題する資料に詳しい解説がある。
Tamplin と Cochranの論文タイトル"A report on the inadequacy of existing radiation protection standards related to internal exposure of man to insoluble particles of Plutonium and other Alpha-emiting hot particles." が示すように、その危険性の本質は、この微粒子が不溶性であることに由来する。単位質量あたりの放射能(比放射能)の高い(半減期の短い)核種を濃縮した不溶性の微粒子が体組織内の一箇所に長期間留まり、その周囲の細胞群に放射線を打ち込み続けることで病変を引き起こす危険性が極めて高くなると考えられているのである。
例えば、直径1 μmのPu-239の酸化物粒子(PuO2、比重10)の放射能を計算すると、
0.0106 Bqとなる。Pu-239の線量換算係数は、特に吸入摂取において1.2E-4 Sv/Bq(0.12 mSv/Bq)と高く、8.3 Bqの吸入で実効線量1mSvに達してしまうが、それでも0.0106 Bqという値は取るに足らないレベルのように思える。しかし、この微粒子の周囲の半径50 μmほどの範囲にある細胞群が、およそ95秒に1回、1日あたり916回のα線銃撃を何年もの間受け続けると考えると侮れない。
そこで、このようなホットパーティクルが天然の物質からも形成され得るか検討してみよう。
天然物質からなる微粒子の放射能
天然に普通に存在する物質で質量あたりの放射能がもっとも高いのは閃ウラン鉱(UO2)であろう。閃ウラン鉱は、代表的なウラン鉱石のひとつで、日本の花こう岩も微量ではあるがこの鉱物を含むものが多い。閃ウラン鉱は最大88%のウランと、ウラン系列、アクチニウム系列の短寿命核種を含むので(残りは酸素)、これをもとに直径1μm、比重10の閃ウラン鉱粒子の放射能を計算すると、8.26E-7 Bq となって、同じサイズのプルトニウム酸化物粒子の12800分の1となる(注1)。これではとても「ホット」とは言えない。しかも、酸化的な環境下では比較的溶解度が高い。
粒子サイズを大きくすると当然放射能は高くなるが、数十μm を超えるあたりから自己遮蔽効果が高まり、粒子内部で生み出されたα線やβ線がその粒子の外部へ抜け出ることができなくなるという事情のため、大きな塊は質量の割には放射線量が低いということになる。微粒子が問題とされるのはそのためでもある。
では、もっと短寿命で比放射能の高い核種の濃集したホットパーティクルは、天然では形成され得ないだろうか。
近頃、岩盤浴などの用途として「ラジウム鉱石」なるものが販売されている。ふつう、元素名を冠した「○○鉱石」は、その元素を主成分として含む鉱物・鉱石を意味するが、ラジウムを主成分とするものは天然には存在しない。ラジウム(Ra-226:半減期1600年)は、U-238(半減期44.7億年)のごくゆっくりとした放射壊変によって生み出される一方、その280万倍もの早さで崩壊してしまい、結果的にラジウムの重量濃度はウランの300万分の1になってしまうからである。もっと半減期の短い核種はさらに低濃度となる。
結局、天然では比放射能の高いものほど存在度が小さいという関係にあるので、天然物質のホットパーティクルは通常は形成され得ないということになる。ただし、特殊な条件下において、天然の短寿命核種を濃縮した微粒子が形成され、それによる内部被曝が大きな脅威になり得るという最近の研究成果があり、ネット上でも話題になったので、その概要を記しておく。
天然の短寿命核種が濃縮された特殊な事例
岡山大学地球物質科学研究センターの中村栄三氏らは、アスベスト禍によって悪性中皮腫となった患者から切除された肺組織について、種々の先端的手法を駆使した分析を行い、病変のおこるメカニズムについて研究をおこなってきた。その結果、鉄分の多いアスベスト(青石綿、茶石綿)が肺組織内に突き刺さって長期間滞留していた周囲に含鉄タンパク質小体(フェリチン)が形成され、そこに天然の放射性元素であるラジウム(Ra-226)が高濃度(海水中の 100万~
1000万倍)で濃縮されていることをつきとめ、これによる局所被曝が悪性中皮腫の原因ではないかと推定した(注2)。
1.悪性中皮腫患者には、乾燥肺組織1 g あたり数千~数十万の鉄質アスベスト小体が存在し、その周囲にフェリチンが形成されている。
2.フェリチン中に多数のフェリハイドライト(Fe5HO8・4H2O)微粒子が形成され、ラジウムはその成長とともに経時的に取り込まれる。
3.ラジウムはフェリハイドライトの結晶構造に取り込まれているので、その崩壊で生じるラドン(Rn-222、半減期3.8日)も揮散せずに、Pb-210(22.3年)に至るまで4回のα崩壊が放射平衡に達する(実際には2回のβ崩壊を含むが論文では無視されている)。
海水中のラジウム濃度はおよそ1.3E-10 ppmで(注3)、その1000万倍に濃縮されたとしても、フェリチン中のラジウム濃度は0.0013 ppmにすぎない。一つのフェリチンを直径10 μm、比重1.5とすると、ラジウム(Ra-226)および、系列5核種の合計の放射能も 2.24E-7 Bq であるにすぎない。これだと、さすがにホットパーティクルとは呼べないので、代わりにラジウム"ホットスポット"と称されている。
この2.24E-7 Bqという放射能は、低すぎて問題にならないと思われるかもしれないが、その影響は長期間にわたって半径50 μmの範囲に集中するので、この領域の単位質量あたりの吸収線量は、α線(平均5.99 MeV)だけで年間 8.64E-3 J/kg (Gy)にもなる。α線の放射線荷重係数は20なので、局所的な線量密度がリスク要因になるとすれば、潜伏期間(20年以上)の蓄積量は危険なレベルとなり得る。
しかし、全体としてみれば、病巣周辺に100万のフェリチンが形成されていたとしても合計の放射能は0.224 Bq にすぎない。悪性中皮腫が、このように僅かな放射能によっても高率で発生するとすれば、もはや内部被曝において Svという単位は何らの意味も持たないことになる。人工の、もっと高い放射能の(本物の)ホットパーティクルなら、なおさらそのリスクは高いということになる。
β核種ホットパーティクル
Tamplin と Cochranは、もともとα核種からなるホットパーティクルの危険性を説いたのであるが、東電原発事故で放出されたα核種による汚染量は、福島県内であってもせいぜいがグローバルフォールアウトと同程度と見積もられる。一方、β核種が濃縮した微粒子であっても、拡散した状態におけるよりははるかに危険性は大きいと考えられる。
本年8月14日に福島第一原発4号機施設で1 cm3 当たり77000 Bqのセシウムを含む汚染水が4.2 m3 漏れるという事故があった。仮にCs-137とCs-134の放射能(Bq)の比率を2:1とすると、この汚染水のセシウムの重量濃度は0.016 ppmとなる。
このような汚染水の放射能除去には、通常、セシウムを吸着濃縮する粘土鉱物などが用いられる。その濃縮率は最低でも10000倍はないと使い物にならないので、使用済みの粘土鉱物の放射能は相当高くなっていると考えて良い。Cs-137を0.1%含む、直径1μm、比重2.5の微粒子の放射能は0.0042 Bqとなるが、層状珪酸塩である粘土鉱物の微粉末は飛散し易いので、厳重な管理が望まれる。
まとめ
しばしば指摘されるように、「全体」は「部分」の単なる集合ではない。原子核中の陽子が一つ増えただけで、希ガスからアルカリ金属という両極端の性質の元素に転化するのは好例であろう。
放射線被曝は、基本的にはα・β・γ線の作用によるものであって、天然の放射線も人工の放射線もなんら異なる点はない。個々の核種も、天然と人工で、決定的に異なる点は特に見あたらない。一方で、天然の放射能と人工の放射能の具体的な態様は確かに違う。しかも、ホットパーティクルによる内部被曝のリスクについては Svという尺度が役に立たない可能性も指摘されているのである。
ホットパーティクルの危険性については依然として未解明のことが多いが、現実に存在し得る天然放射能と人工放射能が実体論的に違うのである以上、少なくとも科学者であるなら、物理的性質は何も違わないと言って終わるのでなく、「物質科学的に違う」という前提に立った丁寧な議論が必要だというのが、この記事の趣旨である。
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注1)U-238系列14種、 U-235系列11種の系列核種が全て永続平衡にあるものとし、それらを合わせた値として求めた。
注2)文科省記者クラブ発表資料(2009/07/27)
原著論文はこちら
注3)海水の組成
海水のラジウム濃度の1.3E-10 ppmという値がどのようにして求められたのか分からないが、上記サイトにある海水中のウラン濃度(0.0032 ppm)と放射平衡にあるラジウムの濃度を求めると、
1.08E-9 ppmと8倍多い値になる。ウランは酸化的な環境中では水に溶け出し易く、ラジウムは鉄・マンガンクラストに吸着され易いので、1.3E-10 ppmという濃度はありそうな値ではある。海水の化学組成は血液に近いとされているので、比較の対象として持ち出されたのだろう。