『シン・ゴジラ』をひと月ほど前に観た。映画通で年に200本以上は観るという知人に勧められたからで,情報量が多いのでもう一度観たいと思いつつ時は過ぎ,結局『君の名は』を観たら,とたんに『シン・ゴジラ』への関心が薄れてしまった。したがって,表層的な感想しか書けないが,ひと言でいえば,後味の悪い映画だった。
私は,もともとゴジラ映画への関心は薄く,ハリウッド版の『GODZILLA』2作は観たが日本のゴジラシリーズは1作も観ていない。日本映画の特撮やCGのチャチさに対する不満はそれなりにあるが,時代劇のカツラの髪の生え際の処理がまずくても気にしない方ではある。もともと私の映画の好みはゴジラシリーズとは対局にあるので(注1),『シン・ゴジラ』がファンタジー映画だとしたら,見方そのものがわかっていないという自覚はある。
SFであれば,それなりに科学的な理屈をこねくり廻して観客をうまく騙してあげる,あるいはその気にさせてあげることが成功の秘訣だろう。その意味で『オデッセイ( The Martian)』は成功しているが,『ザ・コア(The Core)』は失敗,というか別物。『インターステラー(Interstellar)』は微妙だが,一般向けには成功していると思う。SFでもストーリーと役者の演技の奥の深さが加われば『ブレードランナー』のように多くのファンを獲得して「金字塔」と評されるような名作になれる。
しかし『シン・ゴジラ』は単なるSFではないし,単なるファンタジーでもない。その証拠に,東京という実在の都市が危機に陥り,日本国政府首脳陣と官僚組織,自衛隊,それに米軍がこれに立ち向かう訳だが,いちいち登場人物の肩書きや実在する武器が大文字のスーパーで説明される。実際の法律の細かな条文も説明口調で問題とされる。そう,説明が多すぎるのだ。重要な役回りであってもさらりと流してしまう粋なつくりの多いハリウッド映画に比べれば,ずいぶん野暮ったい。もちろん作り手はプロだから,明確な意図のもとに敢えてそうしている筈で,やはりこれは,ファンタジーの意匠を借りたある種の社会派映画として創られたものだろう。しかし,その意匠にはほころびも目立った。
冒頭,海ほたるの辺りだったか,何かの爆発的噴出とアクアラインのトンネル崩落がおこったとき,招集された専門家は海底火山の水蒸気爆発説を主張したのだが,全く「火の気」のないところだから,せめて泥火山の噴出(注2)くらいのことは言ってほしかった。しかし,巨大生物が海上に現れると,御用学者は役に立たないという言葉が投げられたり,この方面の学者はさんざんな扱われ方である。
その巨大生物は上陸して一暴れした後,一旦東京湾へと戻り行方不明になる。ここでもまた,おいおいあんなに巨大だったら確実に地震計で追跡できるよと突っ込みを入れる。東京湾,相模トラフ一帯には海底地震計観測網が完備している筈だ。今の高感度広帯域地震計は,数千メートルの海底下で洋上の波浪による岩盤の脈動さへもちゃんと捉えているんだぞと。
ゴジラの造形については,最初に出現する両生類型のものは目がかなり大きすぎると感じた。巨大化して再登場したゴジラは圧巻である。造形を担当したスタッフの才能を感じる。しかし,その巨体のリアリティを台無しにするような不自然な「物の動き」にしばしば興ざめする。例えば,体側から血の塊のようなものが吹き出してドサッと落ちる場面があって,まさにドサッと落ちるのだが,滞空時間が明らかに短すぎる。30 mの高さから物が自由落下するには2.5 秒ほどかかるので,それを1.5 秒にしてしまうと10 mくらいに感じてしまう。こうした突っ込みどころはいっぱいあって,ハリウッドCG技術陣との差が否が応にも目に付いてしまう。
もっとも,『オデッセイ』だって,火星の砂嵐から逃れ,主人公一人を残して脱出する場面で,ロケットの巻き上げた粉じんが砂嵐の暴風に全くたなびいていないというチョンボもあったりはする。
他にも,十数台もの車が蹴散らされて宙を舞う場面で,車両火災必至なのに一台も燃えないのは何故だ,とか,そうでなくてもゴジラの通った後はあちこちから出火して東京中火の海になる筈だぞ,とか,自衛隊の「弾切れ」早すぎっ,とか,政府首脳人の避難のタイミングが議論になるのに,天皇家の避難の問題がスルーされる訳はないだろう,とか,こんな化け物が来襲しているのに,東京人はどうして早い段階で関東圏から逃げ出さないのかとか,いろいろ思った。
もちろん,核エネルギーを利用しているという核心部分に,んな訳あるかいと突っ込むようなヤボなことはしない。それを言っちゃあお仕舞いよ的なアレについては分かっているつもりで,最後に突然マイナス百何十度かになって固まったところで,それ,エネルギー保存則に反しているからと突っ込んだりはしないが,そんな極低温の巨体が立っていれば霧を伴ったダウンバーストが発生する筈だろとの突っ込みは譲れないタチだ。
最初から荒唐無稽だとわかりきったことに突っ込みを入れるのは野暮だが,どうだリアルだろと作り手が推してくる場面,例えば崩れ落ちるビルの描写に,いや,それだったら直ぐ火の手があがる筈だからと突っ込みを入れたくなるのだ。
さて,関東地方ではM7クラスの大地震が30年以内に70%の高確率で襲来するとの予測が公表されている。震災での死者は最大2万3000人、その約7割の最大1万6000人が火災で亡くなるとの想定だ。これこそが,今そこにある危機である。
震災では自衛隊のお世話にならなければならないが,その時は戦車もミサイルも何の役にも立たない。火災がおこれば消防の出番だ。ゴジラが襲来して東京が火の海になれば,消防の問題がクローズアップされるから,多数の車が蹴散らされてぐちゃぐちゃになっても,ゴジラビームで胴切りにされた高層ビルが崩れ落ちても,いちいち出火して火の海になるようなことではまずい。にもかかわらず,自衛隊の火力は非力で,直ぐに「弾切れ」する必要があるのだ。そうでないと,この映画が本当に描きたかったことが霞んでしまうのだろう,と,そう思って観た。
私の妻のように,映画は比較的よく観る方ではあるが『シン・ゴジラ』は最初から全く観る気がしないということで,誘いを断ったりする者も案外多いのではないかと思う。私としては,期待せずに観たが意外に良かったということもあるかもしれない,そう思って観たけれど,結局ダメだった。『君の名は』の方がずっといいよ。
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注1)記憶に残る映画と言えば,ビヤンバスレン監督の『ラクダの涙』(2004年ドイツ)や『天空の草原のナンサ』(2005年ドイツ),トム・マッカーシー監督・脚本の『扉をたたく人,The Visitor』(2008年アメリカ),キャスリン・ビグロー監督の『ハート・ロッカー(The Hurt Locker)』(2008年アメリカ)などで,地方都市ではなかなか観る機会に恵まれない作品が多い。『ハンナ・アーレント』(2012年)は結局DVDを購入するハメになってしまった。若い頃観た(古い)映画では『幸福の旅路(Heroes)』(1978年アメリカ)が忘れられないが,主演のヘンリー・ウィンクラーが第35回 ゴールデングローブ賞の最優秀主演男優賞(ドラマ)を獲得し,ハリソンフォードも出演しているのにDVD化もされていない。
注2)泥火山は,「火山」という語とはうらはらに,マグマ活動とはほぼ無縁で,液状化した泥水が多量のガスとともに噴き出す現象。ガスの主成分は二酸化炭素,水蒸気,メタンガスなどで,硫化水素を含むこともある。最近ではインドネシア・ジャワ島やサハリンなどで規模の大きな噴出があった。一方,水蒸気爆発はマグマ活動(火の気)が遠因となっておこる。