『奇跡のリンゴ』という映画が公開されたらしいが、「ニセ科学批判」界隈ではなんだか盛り上がっているふうである。
さて私は、拙宅の「花壇」に隔年でトマトを一本だけ栽培しているが、完全無農薬だと説明しているので、近所では「奇跡のトマト」と呼ばれている(概要は以下の記事で紹介した)。
これらの記事を読んでもらっても、おそらく、枝長4mを超えるその1本のトマトの壮観な眺めは想像していただけないと思う。隔年にしているのは、家庭菜園のテキストに、連作障害の強い作物なので2年は空けるようにと説明されているからだ。それでも近所の人達に、今年もアレを見たいから是非植えてくれとせがまれて、なんとか工夫して一年おきに植えている。
昨年(2012)7月30日のトマト。この後どんどん伸びていきます。
昨年は普通の大玉トマトを、やはり1本だけ植えて、7月中旬から10月下旬までの間に30 kg 以上を収穫した。正確な収穫量については、7月18日から8月19日までのおよそ一ヶ月間の記録しかない。この間、78個・13.49 kgを収穫し、1個の平均重量は173 gであった。記録した中で最大のものは1個320 gで、当然のように不揃いである(1個100 g以下の小玉のものはカウントしていない)。安定した収穫が得られるようになったのは8月に入ってからなので、これ以降は一ヶ月に15 kgくらいの収量はあったと思う。したがって、面倒になって記録するのを止めた後の二ヶ月間に30 kgを追加して、実際には全部で40 kgを超えていたのではないかと思う。
完全無農薬というのは字義通りで、除虫・除草の目的で何かを処方するということは一切していない。樹勢があると雑草もあまり生えず、害虫が寄りつくこともないのである。ただ、真夏にカラフルな10 cmほどの何かの幼虫が葉を食い荒らしているのを何度か見かけて、手で駆除したことはあった。
肥料は堆肥がメインで、追肥として140円の家庭菜園用化成肥料を一袋だけ施す。ちなみに、「有機肥料」というのがあるが、一次栄養の植物が吸収するのはもっぱら無機塩なので、おかしな表現ではある。おそらく、有機物を腐食させて作る堆肥の中に含まれる栄養塩は、バランスが良く、植物に吸収されやすい化学種となっているために、肥料としての効果が大きいことが認識されているのだろう。
今年は連作できないのだが、やはり近所の人が「アレをやってくれ」とせがむので、仕方なしにプランターに一本植えた。考えてみると、ひと月に15 kgも収穫したら到底我が家で消費できない。知人や近所に配るのだが、それも面倒だ。プランターに植えたら土を替えれば毎年植えられるではないか。おそらく一本でちょうど良い収穫量になるだろう。これを試してみるのも一興ではある、という次第。5月の連休の初日に、イタリアントマトという種類の苗を1本(150円)買って、縦20 cm × 横50 cm × 深さ25 cmのプラスチック製プランターに植えた。既に沢山の実を付けているので、このペースだと例年より速い6月末には収穫が始まるだろう。
ところで、映画『奇跡のリンゴ』のモデルとなった木村秋則氏を批判する中で、農薬を過度に擁護する論調を目にすることが多くなって、ヤレヤレと思う。おそらくそれら批判者は、農業とは無縁な都会に住んでいる人々であるか、あるいは大量の農薬を散布することで何とか経営の成り立っている農業従事者とその関係者なのではないかと思う。
農水省のウェブサイトの中にある「農薬の使用に伴う事故及び被害の発生状況について」というページをみると、平成23年度で、8件・8人の死亡事故と28件・40人の中毒事案が発生している。気になるのはこれらの農薬被害が増加傾向にある(ようににみえる)ことだ。
この統計に表れている数値が氷山の一角であることは、中学の頃まで兼業農家に育った者としては常識的なことである。私の母も、大量の農薬を散布した後、高熱で寝込むこともしばしばであった。父はあまりそうしたことはなかったようなので、個人差も大きいのだろう。また、私が子供の頃は、この時期になるとヘリコプターによる水田への農薬散布が行われていて、やれ外に出るな、戸締まりをしっかりしろとうるさかったが、人体への害が大きいことが認識されて中止となった。害は何も人体に対してだけでもなかったろうにと思う。今も田園地帯に住んでいるので、風向きが悪いと農薬の匂いが室内まで入り込むことがある。幸い私の家族にアレルギー体質の者はいないので今のところ実害はないのであるが、喘息の子供のいる近所の方は大変お怒りの様子で、気の毒でもある。
農薬の中には毒・劇物に指定されている薬品もあって、大学であれば鍵のかかる薬品庫に厳重に保管して使用記録をとっておかねばならないものなのに、それが農薬扱いになったとたん、農家の納屋に無造作に大量保管することが許されてしまうのである。
農薬を擁護する面々はそうしたことをどう考えているのだろうと思っていたら、ここへ来て、農薬を使って育てたリンゴの方がアレルギー原となる「感染特異的タンパク質(PR-P)」の量が少ないという実験を「発掘」して、農薬漬けリンゴの方が健康に良いのだと主張する者まで多くなってきた。このことについては、既にかなり以前にバランスのとれた意見を書いているサイトがあるので紹介しておきたい。
このブログ主も書いているように、人類はずっと昔からPR-Pを普通にたくさん含む作物を食べてきた筈である。ところが、農薬が大量に使用されるようになって、現代人は知らぬ間にPR-Pの少ない食べ物ばかりを食べさせられるようになってしまった。そうした時代が一定期間続いた後に、我々現代人の体質はどのようにつくりかえられたのか、そのことの検証がないままに手放しで農薬漬リンゴのありがたさを説く言説に接し、「科学」の現場は「研究」ばかりで、もはや「学問」ではなくなってしまったと項垂れるのは私だけであろうか。
以下、追記(6月24日)
この記事を投稿した二日後、以前から指摘されていた、ミツバチの大量死・大量失踪の原因はネオニコチノイド系農薬にあるとの説が実験的に確かめられたとの報道があった。
毎日新聞 2013年06月17日 22時50分
国内外で広く使われているネオニコチノイド系農薬をミツバチに摂取させると、比較的低濃度でも巣箱の中のミツバチがいなくなり、群れが消える「蜂群崩壊症候群(CCD)」に似た現象が起こるとの実験結果を金沢大の山田敏郎教授らのチームが17日までにまとめた。山田教授は「ハチが即死しないような濃度でも、農薬を含んだ餌を食べたハチの帰巣本能がだめになり、群れが崩壊すると考えられる」と指摘。養蜂への影響を避けるためネオニコチノイド系農薬の使用削減を求めている。一方農薬メーカーは「科学的根拠が明らかでない」と否定的な見方を示した。(共同)
これより以前、既に5月25日にはEU委員会がネオニコチノイド3剤について、ミツバチを誘引する作物および穀物における種子処理、粒剤処理、茎葉処理での使用を禁止する決定を下していた(2013年12月1日までに施行、2年以内に見直し) 。 これに対する住友化学による反論も5月27日付で公表されていた。
無農薬農法が成り立つのは周囲の農家が農薬を使ってせっせと地域全体の「害虫」を駆除してくれているお陰だと言う人がいる。それが事実であるかどうかの確たる証拠はないのに、いつもは厳密な「科学」を要求する人が、いとも簡単にそれを言ってしまうのは、まあ、「科学」の世界ではよくあることだ。それよりも私が問題だと思うのは、「害虫」なら絶滅させても良いと言わんばかりの短絡した思考回路にある。
農作物にとっては「害虫」であっても、生態系の維持にとっては何らかの積極的役割を担っているということはないのか、「害虫」でないものにも巻き添えをくらって人知れず絶滅しているようなものもいるのではないか、生態系は一度バランスを崩したら取り返しがつかなくなるのではないかといった視点の欠如。そうした視点からの研究は、長期にわたる息の長い努力を必要とし、短期の成果を求められる「職業科学者」には不可能になっているというこの現実への無批判。