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Channel: さつきのブログ「科学と認識」
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「過誤」の評価と科学

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 遅ればせながら下記Togetterのことについて(注1)。

 上記にとりあげられたグラフは引用元のグラフと一致しないものであったのだが、この不一致は、平行にずれている訳ではなく、10件以上の異なる数値データを同時に読み間違えるとはとても考えられないので、これは明らかな改竄であろう。

 「改竄」というには確たる証拠が必要との意見もあるが、以下にとりあげるのは「トレンドが一致しているから問題ない」との評価についてである。先に、注意喚起の意味も込めて、改竄や捏造でない間違いの例を示す。

 2011年3月11日の福島第一原発の事故の後で話題になった「鼻血の多発」について、原発由来の放射性物質が原因ではあり得ないという趣旨の下記のブログ記事に、おそらくうっかりミスと思われる、しかし決定的な誤りを見つけた。

ぷろどおむ えあらいん

 この中で、鼻粘膜細胞中のβ線の飛程について、水中のそれで近似できるとの趣旨から次の記述がある。

さて,肝心のβ線の飛程距離はどのくらいなのでしょう。こちらのページによりますと137Csが発生するβ線の大部分を占める514keVのβ線は水の中を58 µmほど飛ぶようです。

 この「58 um」に目が点になる。上記にリンクされている「β線の飛程の計算ツール」では、137Csからの514 keVのβ線の水中での最大飛程は58 µmではなく「0.162 cm」となっている。つまり1620 umであり、実際には28倍も長い。

 なぜ間違って「58 µm」としてしまったのか。よく見ると、すぐ右隣にコンクリート中の飛程として「0.058 cm」とある。この単位cm をmmと読み間違えたとすると、58 um になる。うっかりミスが重なったということなのだろう。しかしこれは、当該記事の論旨からすると結論がほぼ無効になるほどの深刻な「過誤」と言えるだろう。

 ことは人々の健康にかかわることなので放置できないと思い、すぐにコメント欄で指摘したが、一週間を経過した時点で「承認待ち」のまま私のコメントが表示されないので、まだチェックされていないようだ。当人のTwitterを見ても最後のTweet が本年3月5日が最新のものになっているので、ネットから遠ざかっておいでの様子。私にもよくあることだ。

 それにしても、放射線のことについて少しでも勉強していればそんなミスはあり得ないと思うのだが、当人は「化学屋」とのこと。つまりプロだ。プロにあるまじきミスがなぜおこるのか。そのヒントは、同じブログの別記事にある。

 このブログ主は、2009年5月の私の「劣化ウランと原発用濃縮ウランの放射能は大して違わない」と題する記事に対して、

という反論記事をあげて、独り相撲をとったあげく、

で、「まったく穴があったら入りたいと言うのはこの事ですね。」と反省されたのであった。(注2)

 この時もデータの読み間違いがあって、本人の弁によると「しかし,最初に見た時の「こんなに低いんだー」という衝撃と「やっぱりシーベルトで考えなければ」という思いこみが確認を怠らせることになりました。」とのこと。

 ここで「思いこみ」と書かれているが、科学のプロを自認している者にとっての「思いこみ」は、科学の世界で常識とされていることから派生するだろう。例えば「これくらいの放射線で鼻血なんか出る筈がない、これは現代科学の常識である」という観念に囚われていたのではないか。物事の実体から離れて、「科学の常識」が一種の価値論までをも醸成している一見奇妙な現象だ。

 以上は、改竄や捏造ではない、明らかな「うっかりミス」の例であるが、私は時に、学生・院生に対して「いいかげんな科学は人を殺すこともある」と注意することがある。この4年あまりの間におこったいろいろな出来事をふり返れば明らかだ。

 「うっかりミス」に比べて、意図的になされる改竄・捏造は悪質である。冒頭の件で、そこにどんな意図があるにせよ、そもそも、一般の多くの人々が常識としているようなことであるとしたら、それをわざわざ資料として作成・配布し啓蒙する意味はない。改竄されたのだとしたら何らかの意図がある筈である。しかし、ここではそのことは詮索しないでおこう。

 引用元のグラフと「改竄」されたグラフを比較して、「明らかに印象が違う」という意見や「トレンドは同じだから問題ない」という意見などあるが、そうして見解が分かれるのは、科学の成果を「何かの役に立つように」と意図してなされる解釈には価値論が忍び込むからだ。

 実際、改竄が表面化する前の資料グラフを見ての感想に多様な意見群(A)があり、引用元のグラフだけを見ての感想にも多様な意見群(B)がある。そして、AとBはその内容構成に違いがある。当然、意味があるのはBである。AとBには「共通部分」があって、そこに含まれる意見の持ち主は両方のグラフを比べても「トレンドは同じだから問題ない」との評価になるだろう。それは個人の評価だから勝手である。

 一方、AとBには、共通しない「互いに素」となる部分が必ず存在している。科学者であるならそのことを無視すべきではない。改竄は、この例の場合、Aの中に、Bには含まれない部分が生まれることが意図されているだろう。

「何かの役に立つように」と意図してなされる議論が人々の多様な価値論をすり合わせて妥協を可能ならしめるのは、ゆるぎのないひとつの「事実」が共通の認識として準備されたときに限られる。それは叶わぬ夢なのかもしれないが、科学者は、そこを目指して日々奮闘しているのではなかったか。改竄は科学の冒涜である。同様のことは、ここにも書いた。


 最後に、「鼻血」のことに関係するブログ記事2件をおすすめしておきたい。

赤の女王とお茶を

Space of ishtarist

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(注1)YOMIURI ONLINE
2015年08月25日 15時51分

 文部科学省が7年ぶりに改訂した高校生向けの「保健教育」の副教材で、妊娠のしやすさと年齢の関係を示す折れ線グラフを掲載する際に、根拠となる論文の数値を誤って引用していたことがわかった。

 改訂版は約130万部が印刷され、8月上旬から全国の高校への配布が始まっており、同省は各校に誤りを通知するとともに、訂正した別紙を送付することなどを検討している。

 副教材は、「健康な生活を送るために」(A4判、45ページ)。改訂版では妊娠や出産に関する記述を従来の2ページから4ページに倍増。このグラフは、「医学的に、女性にとって妊娠に適した時期は20代であり、30代から徐々に妊娠する力が下がり始め、一般に、40歳を過ぎると妊娠は難しくなります」という説明文とともに、今回新たに加えられた。

 グラフでは、妊娠しやすい時期のピークが22歳で、その後は下降しているが、根拠にしたという米国の大学の研究者の論文(1998年発表)では、22~25歳はほぼ横ばいになっていた。文科省によると、グラフは改訂にあたって、内閣府から提供を受けたといい、内閣府の担当者は「内閣府で論文のグラフをもとに作り直した際、数値を誤った」としている。副教材の配布開始後、インターネット上で誤りを指摘する書き込みが相次ぎ、発覚したという。

(注2)ぷろどおむ氏の反論の動機は、「劣化ウランが人体にとって有害かどうかを議論しているはずなのに,シーベルトに対する言及がまるでない」ということであったらしい。この点について私は、「劣化ウランについて(補足:その2)」で、放射性「物質」の危険性は物質の属性に基づいて議論ずべきとの趣旨から、法令基準に合わせてベクレルで議論すべきとのスタンスを示した。

 関係することは、「現象の属性、空間(場)の属性、物質の属性を遣い分けるということ」と題した記事で、包括的に述べている。



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