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Channel: さつきのブログ「科学と認識」
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東電原発事故による被曝影響を心配するのは差別に繋がるのでやってはいけないという奇妙な論理

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 東電原発事故の放射能によって汚染された地域における被曝の健康影響は深刻である、あるいはこの先深刻な影響が出る可能性があると主張すると、それは差別に繋がるのでそういうことを言ってはいけないと主張する人たちがいる。何を言っているのか私にはまったく理解不能である。その論拠として広島・長崎の原爆被ばく者達への差別が持ち出される。そうした差別があったことは周知の事実で、『はだしのゲン』でも描かれているし、次のブログ記事でも紹介されている通りである。


 ここには、差別を恐れて被爆者健康手帳をとらない被爆者が多くいると書かれている。実際、私の義父と義祖父は長崎で被ばくしたが(注1)、二人とも被爆者健康手帳をとらなかった。被爆者達は、生活苦や病魔に加え、そうした差別とも闘わねばならなかったのだが、その過程では、決して放射線被曝による健康影響は小さいと主張されたのではない。被曝影響があってもなくても、人を差別してよい理由など存在しないと、くり返し粘り強く主張されてきたのである。

 上記ブログ記事には「広島と長崎から遠いほど差別は厳しい」とも書かれているが、冒頭に書いたようなおかしな事を言う人たちは、広島・長崎でそうした差別を克服するためにどのような努力がなされたのか、何も知らないのだろう。だいたい、「黒人は肌が黒いことで差別されているのだから、黒人の肌が黒いことを認めてはいけない」みたいなロジックにしか聞こえないから、次のような批判もおこる。

被曝や被爆により身体的な悪影響が生じ得ることが科学的に明らかになったら被爆者や被曝者を差別する気でいっぱいの皆様が、「そのような差別があってはならないというのであれば被曝や被爆により身体的な悪影響が生じ得ると言うこと自体否定するんだな」と凄んでいる状況ですね。

 「皆様」は、自分はそうした差別はしないが世の中にはちょっとしたことですぐに差別をする人が溢れているという現実があるのだから、そうした差別意識を刺激するようなことは控えるべきだと主張しているのかもしれない。しかし、「正当な理由があれば差別をしても良い」という思想そのものと闘わずして差別などなくならないのは自明のことではないのか。

 ちょっと考えればおかしいと誰でも気づくようなことを平気で主張するのは恥ずかしいことである筈だ。にもかかわらず敢えてそのようなこと言ったりするその裏には、いったいどんな魂胆があるのかと勘ぐりたくもなる。

 そうしたおかしな事を主張している「皆様」は、総じて東電原発事故による被曝の健康影響は「九分九厘ない」と考えているようである。その理由として、福島で居住が認められている地域の追加被曝線量は自然放射線によるレベルに近いことが持ち出される。しかし、自然放射線が人の健康を害していることは、例えばWHOが2009年に公表したラドン被曝への警告文からも明らかになっていることである。


その本体部分の邦訳は「国立保健医療科学院」のサイト内に置いてある以下の資料で読むことができる。


そこでは、キーメッセージとして以下のことが掲げられている(注2)
疫学調査は、住居のラドンが一般集団の肺がんリスクを増加させることを確認した。ラドンによる肺がん以外の健康影響に関しては、一貫した結果はえられていない。
全肺がんのうちラドンに関係したものの割合は、国のラドン濃度平均および計算法の違いによって、3%から14%の間と評価されている。
多くの国でラドンは喫煙に次ぐ最も重要な肺がん原因である。ラドンは、生涯非喫煙者であった人々より、喫煙者あるいは過去に喫煙していた人々で肺がんを誘発していると思われる。しかしながら、ラドンは、非喫煙者の肺がんの第一義的な原因である。
リスクが無くなるラドン曝露のしきい値濃度は知られていない。例えラドン濃度
が低くとも、肺がんのリスクは少し増加する。
大多数のラドン誘発肺がんは、高濃度のラドンよりは低ないし中濃度のラドン濃度での被ばくが原因である。これは、一般に少数の人々しか高濃度の住居ラドンに被ばくしないからである。

 当然、ラドン以外の自然放射線もなんらかの害があると考えた方が良いだろう。原因不明の癌の無視できない割合が自然放射線によるものである可能性だってあるだろう。福島を初めとした、東電原発事故による放射能の汚染地域に住む人々は、それにプラスして無用な被曝を強いられている訳である。いまだによくわかっていない初期被曝のことを考えると、個人の累積線量が不当にも高められてしまったそれらの人々は、これ以上1mSvだって無用な被曝をしないよう考慮されるべきなのである。

 事故から5年が過ぎた今でも汚染地域に住み続けることを無理強いされている人々の健康を心配するのは、人として当然のことであって、それを差別に繋がるからという訳のわからない理屈で非難するのは何の目的があってのことなのか。取り返しのつかない無用な被曝をさせてしまった罪を逃れるためなのか。もはや、そうした理由くらいしか思い浮かばない。

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注1)義祖父は長崎の造船所に勤めていて、原爆が落ちた時には地下室にいて助かったが、妻(私の義祖母)と娘を亡くしている。義父は二日後に入市被ばくをした。二人とも60代前半に癌で亡くなっている。

注2)国立保健医療科学院の「屋内ラドンと肺がんに関する国際的な疫学研究の概要」と題するサイトページには、補足として次の記述がある。

 今世紀になり、それまでに実施されてきた肺がんと屋内ラドンに関する症例対照研究のデータを統合して、再解析する研究が相次いで実施されました(北米プール解析、北米・中国プール解析、欧州プール解析)。この結果、屋内ラドンの濃度レベルであっても、ラドンは有意に肺がんのリスクになっていることが判明しました。屋内ラドンが100Bq/m3増加するたびに、喫煙の有無にかかわらず、肺がんのリスクは10~20%程度増加します。詳細は、WHOラドンハンドブックの第1章を参照して下さい。
 
 これらの新知見を背景に、国際保健機関(WHO)や国際原子力機関(IAEA)や国際放射線防護委員会(ICRP)は、ラドンの参考レベルを改訂し始めました。具体的には、WHOは屋内ラドンの参考レベルを100Bq/m3未満(それが実際的でない地域においても300Bq/m3未満)に改訂しました。

 日本の各地における居住スペースのラドン濃度は日本分析センターによる測定結果が年報に記載され、公開されている。日本家屋は通気性が良いために世界の中ではラドン濃度の低いグループに属するが、床下の構造に起因するばらつきが大きく、壁材に石膏ボードを用いているところでは極端に高くなっている。


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